強訳 -強引な翻訳-

英字新聞の見出しを一つ翻訳する日記

12月30日

New Year is carried on a conveyor belt

昨日に引き続き、今日はおせちを三品作った。

まず一品目はレンコンをインターネットの情報くらいの薄さに切って出汁や砂糖、塩、そしてお酢を混ぜて酢レンコンを作り、そして二品目に里芋を手練れのナンパ師のように皮を剥いて、出汁、塩、砂糖、醬油、みりんで里芋の含み煮を作る。
三品目はこんにゃくを薄切りにしたものをインディアン・デスロックみたいに捻じり、出汁と砂糖、醤油、酒、鷹の爪で煮詰めるピリ辛こんにゃくを作った。
明日は叩きごぼうとごまめを作り、出汁巻きを明日するか明後日するかという状況になった。

ぼちぼちと作っていけば何とかなるものだ。
おせちはガーっと作らなくてもよくて、年末の大掃除など忙しい中でも他の作業と一緒にできるようにうまく作られているなぁと感じられた。
こうなると少し余裕が出てきたので、魚とかあってもいいんじゃないかというスケベ心も湧いてくる。
たしか魚はフィルギナティスみたいな何かを象徴しているとかじゃなかっただろうか。

早速お店を覗きに行くと、多数の男と女が歩いていて、それはもうすごい活気だった。そして食べ物も大量に陳列されていて、どれもおいしそうなご馳走ばかりだった。
おせちやお寿司、お刺身とあらゆるものに”寿”とか”お正月用”とかシールが貼られていて、さんまの塩焼きとかさわらの西京焼きなどにも貼られていた。
そのシールが貼られているだけですべてのものがおめでたく感じられた。

たくさんの人がお寿司などのナマモノも買い物カゴにいくつも入れていたけど、今日買って一体いつ食べるのだろうか。お正月用とかいいながら消費期限には今日や明日の日付が入っているものもたくさんあった。
でもみんな楽しそうだし、年末にそういう野暮は言いっこなしなのだろう。
たしかにお寿司なんて年末に食べてもおいしい。

こんなに混み合っていても秩序は割と出来ているもので、ベルトコンベアーに運ばれているみたいにみんなお互いにぶつからずに、欲しい物のところでひょいと降りて、商品に手を伸ばしうまく掴み取っていた。

ある人が上の物を順番にどけて下の商品を持っていくと、次の人がそのどけてあった物をまた順番にどけて下の物をとり、というふうに上下下上と結果的にうまく連動して回っているようだった。

The Washington Post
Putin, unaccustomed to losing, is increasingly isolated as war falters
(負けることに慣れていないプーチンは、戦争が停滞する中、ますます孤立している)

お正月用のものをいろいろ見ていると、次第にdocomoY!mobileとかのお店やPayPayのマークまでおめでたく見えてくる。
実は世界はこんなにもおめでたいのだということに気が付いた。

今日は何か魚が欲しかったのだけど、見た中でエビチリが一番おめでたく見えたので、今日は魚を買うのはやめておいた。